この命

 娘が二人目を妊娠した時のことです。
共稼ぎの娘は、無理がたたって、妊娠6ヶ月で 破水してしまいました。
通勤途中の駅構内でした。
救急車で総合病院の産婦人科に入院しました。 担当医の説明では、羊水が全部流れてしまって 胎児を維持するのは かなり難しく もし 持ち直したとしても、 五体満足な赤ちゃんは、保証できないとの事でした。
しかし 娘夫婦は、何とか生ませて欲しいと医師に 懇願してやみません。 たとえ障害児でもかまわないからお願いしますと、 詰め寄ったそうです。
私たち夫婦と舅夫婦は、担当医に堕胎をお願いしました。 娘夫婦の将来の苦労が、目に見えるからです。 しかし 担当医は、親御さんの意志より、妊婦夫婦の 希望を優先する義務がある との見解で、結局胎児保護の 方針に決まりました。

 娘に課せられたことは、「出産するまでの半年間、腰を 高くして(枕を腰に当てて)微動だにしてはいけない」と いうことでした。 勿論トイレにも行けません。食事も仰向きに寝たままです。 少しでも禁を破れば、たちま流産してしまうとの事でした。
娘の腕にはもう 点滴の注射針の打つ場所にすら 苦労するほどでした。 それでも 娘は我慢強く頑張りました。それにもまして 担当医の先生は良くして下さいました。
その間私たちに出来ることは 祈ることだけでした。
そして とうとう出産の日が来ました。

 生まれてきたのは 五体満足な男の子でした。
担当の先生は、このことを受け持ちの病室一つ一つに 報告して回られたそうです。
各部屋では 皆さんが大きな拍手をして喜んで下さったそうです。 後から聞いた話ですが、こんな事例はこの病院始まって以来の 奇跡だそうです。
私は、生まれた赤ん坊を見て「おろしてしまえ」と言った自分を 恥ずかしく思いました。 申し訳なさに 涙がこみ上げてきました。 先生は本当に良くして下さいました。娘もよく頑張りました。 でも それだけでは無いような気がしてなりません。